大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和51年(オ)1309号 判決 1979年5月29日

主文

上告人の請求中、上告人から被上告人に対し金五〇〇万円及びこれに対する昭和四六年一〇月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める部分につき、原判決を破棄する。

右破棄部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人茨木茂、同平山知子の上告理由第一点について

原審は、第一審判決別紙手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)の振出人である上告会社の代表者藤井成一と本件手形の手形交換における持出銀行である被上告銀行との間において不渡届消印手続に関する委任契約が成立したかどうかを判断するにあたり、右藤井が昭和四六年五月一日被上告銀行錦糸町支店に対し本件手形についての不渡届消印手続依頼書及び不渡手形受領証を提出したことを認定したにもかかわらず、支払義務者である上告会社がすでに取引停止処分を受けてその効力が継続中であることを理由に、重ねて取引停止処分を受けることを回避するための右消印手続をとることは無意味であるとし、かような場合には、右藤井から、積極的に、本件手形の付箋に記載された「取引停止処分後の解約」なる不渡事由は誤りであること、真実の不渡事由は「(取引)解約」であること、を明らかにしたうえで、不渡届消印手続をとつてほしい旨の特別の依頼がされることが必要であり、右のような特別の依頼がない以上、被上告銀行錦糸町支店としては、付箋に記載されたところに従つて、「取引停止処分後の解約」として所定の手続をとれば足りるものと解すべきであり、したがつて、訴外藤井から不渡届消印手続依頼書が提出された一事により被上告銀行がその旨の依頼を承諾し、本件手形について不渡届消印手続の委任契約が成立したとすることはできない、と判示している。しかしながら、(一) 取引停止処分を受けた者であつても、その取引停止処分が取り消され、又は解除されることがありうるから(旧東京手形交換所交換規則二三条、二四条)、取引停止処分を受けた後に新たに支払を拒絶した手形を買戻した者が不渡届消印手続をとつておくことが無意味であるとはいちがいには言えず、このことは、被上告銀行に備え付けられている不渡届に関する依頼書(丙第二三号証)の不動文字による不渡事由欄の記載中「取引解約後」には、「停止処分による解約後を含む」との文言が付記されていることからもこれをうかがうことができる。(二) のみならず、銀行における業務の通常の過程において、手形の買戻しをした者が不渡届消印手続を依頼するために、当該銀行に備え付けられた所定の用紙に所要事項を記載して担当の係員に提出したときは、右係員においてその受領を拒絶したとか、右依頼に基づき委任契約が成立するためには銀行側の特別の意思表示を必要とすることが明確にされているとか、の特段の事情のない限り、銀行側において依頼を承諾したものとして、不渡届消印手続に関する委任契約が成立したものと認めるのが相当である。そして、銀行においてその依頼に従つて不渡届消印手続をすることに意味があるかどうかは契約の成立後における受任者の義務の履行に関連して問題となりうる事項であつて、委任契約の成否に関して斟酌されるべきものではない、というべきである。

また、原審は、右委任契約の成立を否定する理由として、本件手形の付箋はその支払金融機関である訴外第三信用組合がその記載をする権限をもつものであり、被上告銀行が勝手にその記載を無視することはできないことを付加しているところ、手形の付箋の記載を被上告銀行において無視することができないことは原判示のとおりであるが、そのことと不渡届消印手続の委任契約の成否とが関係のないことがらであることは、さきに判示したところによつておのずから明らかである。

してみれば、原判決には契約の成否に関する経験則の適用を誤りひいて理由不備を犯した違法があるものというべきであり、論旨は理由があるから、その余の論旨に対する判断を省略し、上告の趣旨に従い、上告人から被上告人に対し金五〇〇万円及びこれに対する昭和四六年一〇月二二日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につき、原判決を破棄すべきものとする。

よつて、右委任契約の成否及びその成立が肯定された場合における受任義務違反の有無についてなお審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 環 昌一 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 横井大三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例